研究報告会「国有林史料の保存と活用にむけて」

 2007年5月19日(土)の午後1時30分から東京大学農学部1号館8番講義室において、林業経済学会・地方史研究協議会・徳川林政史研究所主催、林業経済学会・日本農業史学会共催による研究報告会「国有林史料の保存と活用にむけて」が開催されました。

 この研究報告会は、筑波大学の加藤衛拡研究室らと徳川林政史研究所が、6年間にわたって実施してきた全国森林管理局所蔵史料調査の成果の一端を公開する目的で開催されたものです。

 平成19年4月7日(土)付の『日本経済新聞』に、「国有林資料 廃棄の恐れ」と題して全国森林管理局所蔵史料調査の取り組みが紹介されたこともあってか、研究報告会には、歴史学・林政学・環境学・アーカイブズ学などの 研究者をはじめ、林野庁・森林管理局のOB・現職の方、一般市民の方々など79名が参加し、この問題への関心の高さをうかがわせました。

 まず最初に、座長の脇野博氏による開会の辞のあと、東京大学大学院生命科学研究科の永田信氏からのご挨拶がありました。 永田氏には、日本森林学会会長の立場、会場を提供していただいた東京大学農学部の立場、さらに日本学術会議の連携会員としての立場から、それぞれ今回の研 究報告会の意義について言及していただきました。そしてさらに、日本学術会議会員で京都大学農学研究科の新山陽子氏が参加されていること、日本学術会議で 国有林史料をめぐる問題への関心が高まっていることなどが紹介されました。

 代わって壇上にあがった新山氏より、『日本経済新聞』の記事を発端として、日本学術会議総会において国有林史料の保存を めぐる発言がなされ、多くの会員の賛同意見があがったことなどが紹介されました。また、日本学術会議としても、この問題を注視し、適切な取り組みを行って いきたい意向であることを明らかにされました。

 この後、各報告と討論へと進んでいきました。以下は、各報告者の文責による報告要旨です。


第1報告 
国有林史料の保存経緯と所在調査
加藤 衛拡(筑波大学)
国有林史料調査の組織と実務
 2001年、国有林の管理・経営を担ってきた営林局・営林署史料の所在と実態を解明すべく、筑波大学・秋田高専の研究者で東北国有林史研究会を組織し、徳川林政史研究所と共同で全国調査を実施することにした。東北を東北国有林史研究会が、西日本を徳川林政史研究所が担当して今日に至っている。この間、林野庁・各森林管理局の皆さまには多大な協力をいただいてきた。

国有林管理組織の変遷と統廃合
 内地都府県を見ると、国有林は東北・北関東・中部山岳地帯・南四国・南九州に偏在している。その管理組織は、成立から戦後の林政統一までの間に御料林を含めて複雑な変遷を遂げてきた。
 戦後の管理組織は営林局―営林署が中核となる。近年それらの統廃合が進んでおり、北海道・沖縄も含めると一四あった営林局は七つの森林管理局に、三〇〇を優に超えた営林署は一二〇の森林管理署などに統合された。こうした中、貴重な史料の保存を図るべくわれわれはその所在調査に着手した。

旧営林局史料の所在調査と目録化
 これまでに内地の旧営林局史料の所在を確認し、多くの史料を残す局については整理・目録化を図ってきた。調査の概況は以下の通りである。
 現東北森林管理局については、旧青森営林局史料は約四五〇〇点、目録調査をほぼ終了した。現用資料は本局(秋田)へ移送され、歴史資料は青森事務所で保管されている。旧秋田営林局史料は約四〇〇〇点、これも目録調査はほぼ終了した。ともに多量の近世文書を含む点に特徴がある。
 現関東森林管理局では、旧前橋営林局史料は少量であり、目録調査は未着手、旧東京営林局には歴史資料がなかった。これらに史料がないのは、戦前東京には「東京営林局」と「東京地方帝室林野局」とがあり、震災や落雷による焼失にはじまり、疎開による移転、林政統一後は東京地方帝室林野局が東京営林局となり、前橋営林局は新設されるという、複雑な組織変遷の事情も反映されたためであろう。
 現中部森林管理局では、旧長野営林局史料が約二六〇〇点、目録調査をほぼ終了しており、中核に木曽の御料林史料が位置する。旧名古屋営林局史料は約五〇〇点で、調査は終了した。名古屋の現用資料・歴史資料は全て本局(長野)に移送された。
 現近畿・中国森林管理局の旧大阪営林局史料は、目録調査に着手していない。民有林の割合が高い地域であるため、国有林は保安林的な規模の小さな森林が多い。境界関係資料は当局にて整理が済んでおり、地域ごとにファイルされている。未整理の史料には公有林野官行造林の簿冊、施業案説明書、管理関係書類などがある。
 現四国森林管理局では、残念ながら所在調査の時点で既に歴史資料は廃棄されていた。
 現九州森林管理局の旧熊本営林局史料は約一万点と推定される。現在三分の一を目録化し、作業を継続中である。
 現森林管理署などとなった旧営林署の史料については、所在調査についても未着手である。統廃合で三分の一に減少しており庁舎の建て替え進んでいる。既に史料廃棄の可能性も高いが、保存されている史料があれば極めて貴重である。

今後の研究
 今回の調査の結果、国有林の経営には、@近世から近代への連続性、A地域の社会経済とのリンク、B地域資源としての多面性を重視、C長期的計画性などの特徴があることを再認識できた。地域に関わる史料も多数ある。今後国有林史料を活用し、こうした方向での地域史・環境史研究を進めたい。その進展は、今後の国有林経営や国有林と地域社会との関係の再構築のために基礎資料を提供できるであろう。


第2報告 
官林の直轄化と秋田県
成田 雅美(筑波大学)
 東北森林管理局は、近世から現在に至るまでの長期間にわたる史料それも膨大な史料を所蔵している。われわれは、そのうち主に大正末期までの史料(一部に昭和期も含む)を整理し、仮目録を作成した。史料は、旧秋田営林局史料(東北森林管理局所蔵)の3868点、旧青森営林局史料(同管理局青森事務所所蔵)の3839点からなる。本報告では、同森林管理局が所蔵する史料構成の全体的な特徴を明らかにするとともに、今後すすめるべき研究課題のひとつにふれた。
 平成11年に青森営林局と秋田営林局が合併して東北森林管理局が成立し、以降、同局は東北五県(青森・秋田・山形・岩手・宮城)に所在する国有林を管理している。東北地方の官林・国有林の管理組織と管轄地域は、とくに形成期の明治初期から大正初めにかけて複雑な変遷をたどり、大正2年に至り青森大林区署(青森・岩手・宮城)・秋田大林区署(秋田・山形)の二つに落ち着くことになった。管理組織と管轄地域の変遷を反映して、旧秋田・青森営林局史料には時期的にも地域的にも様々な史料が含まれている。史料構成の特徴を知るために、まず史料を五つの時期別および五つの地域(県)別に再構成したうえで、各時期・各地域の史料をいくつかの項目に分類し、これにタイトルを付けるとともに、項目毎に主要な史料を示して全体を俯瞰する方法をとった。
 こうして再構成・再整理した史料群を概観すると、次の諸点を指摘することができる。第一に藩営林関係史料など近世史料の継承は、地域により大きな差異が見られ、秋田藩・弘前藩・仙台藩の史料が纏まっている。第二に明治初年から明治40年代初めまでの史料は、秋田県と宮城県のものが纏まっているが、火災や組織改編の影響で青森県・岩手県・山形県関係の史料が相対的に少ない。第三に保存されてきた近代史料の内容は、@本省達や例規、A官林形成、B官林・国有林の管理、C森林施業案などに係わるものである。そして、第四に史料はいずれも地元の町村や県そして住民と密接な係わりをもち、優れた地域史料を含むものである。
 次に旧秋田営林局史料の中から地域的には秋田県を事例に取り上げて、もう少し史料の構成に立ち入ってみる。@近世の史料は、旧藩の御林などを管理していた木山方役所の史料と絵図が残っている。A官林・県庁・山林事務所期(明治4〜19)は、本局達留、官林区域調査、部分木、下戻の四つに大きく分けることができる。B官林・大林区署・県庁期(明治19〜30)は、本局・省御達・例規、官林境界調査、上地官林、部分木、下戻、施業案、官有山林原野に分かれる。C国有林・大林区署(・営林局)期(明治30〜大正15)は、本省達・例規、境界調査・査定、処分、委託林・部分林、下戻、訴願・訴訟、官有・国有財産、施業案・林道、官行造林に区分することができる。
 以上のように、現在東北森林管理局が所蔵する史料を、時期別・地域別に分類・整理すると、史料群をにらみながら、様々な課題を設定することができると思われる。ここでは「官林の直轄化と秋田県」をテーマに取り上げてみた。秋田県の官林の形成・直轄化の過程は、他地域にも大きな影響を及ぼしたと思われるからである。この課題については、旧藩の林制とりわけ御林等の管理・利用を検討することから始めなければならない。今回の史料調査の結果は、この点について再検討を要請していると思う。とりわけ、「木山方以来覚」など旧藩引き継ぎの木山方文書が重要である。また、これまでその存在それ自体があまり知られていなかった賀藤家文書も重要である。旧藩からの引き継ぎ文書は115点(「秋田県引継官林書類目録」『本局達綴込』秋田大林区署、明治12年)、賀藤家から購入した史料は318点(「秋田藩林政ニ関スル賀藤景林父子ノ旧記買上ニ関スル書類」昭和10年)であるが、これら史料と官林形成の関係の分析が改めて検討すべき課題となる。
 明治期の秋田県林業・林政を扱った優れた資料・論考として、『秋田県史』資料明治編上(昭和35年)と『秋田県史』第五巻明治編(同39年)がある。これらは、主として県庁所蔵文書の分析から、山林原野の地租改正、官民有区別、官林区域調査などの特徴を明らかにしたものである。今回の東北森林管理局史料の仮目録作成によって、森林管理局史料からも新たに接近できることになり、また県庁所蔵文書の再検討も改めて必要となろう。国、秋田県そして地元住民、三者の関係を軸として、官林の形成と直轄化の過程をより具体的かつ総合的に解明することが可能になったと思われる。


第3報告 
御料林の形成・展開と木曽地方
田原 昇(徳川林政史研究所)
 徳川林政史研究所では、全国森林管理局所蔵史料調査の一環として中部森林管理局(長野市)の調査を平成15年に開始し、同19年に一応の完了をみた。その結果、約3000点の史料が目録となり全容が明らかとなった。今回その成果を所蔵史料のうち木曽御料林関係文書を軸に報告する機会を得た。ここにその概要を述べたい。

所管の変遷
 中部森林管理局は、平成15年の統廃合以前、南北信・木曽などを所管する本局(旧長野営林局)と、東濃・飛騨・富山などを所管する名古屋分局(旧名古屋営林局)とに分かれていた。しかもそれ以前から複雑な所管の変遷をたどっている地域でもあり、同局所蔵史料の残存状況にも影響を与えていた。
 すなわち、明治19年(1886)の大小林区署制施行までに、中部地方の官林の多くは農商務省山林局直轄となる。が、同22年、宮内省御料局が設置され、長野県西筑摩郡・岐阜県恵那郡の官林は御料局木曽支庁(岐阜市)所管、長野県上下伊那・諏訪郡の官林は同局静岡支庁所管の御料林となる。この結果、同地方では御料林と官林(北信は松本大林区署、飛騨は岐阜大林区署所管)が併存する形となる。しかも、同25年に木曽支庁の名古屋移転(名古屋支庁と改称)、同36年の木曽支庁再置(西筑摩郡福島町)など改編が続き、大正3年(1914)の静岡支庁廃止でようやく木曽・名古屋両支局(支庁から改称)体制が確立する。そして昭和22年(1947)の林政統一の際、木曽支局は長野営林局、名古屋支局は名古屋営林局となる。また、北信の官林は大正2年に東京大林区署に移管され林政統一時に長野営林局に統合、飛騨の官林は石川(明治22)→長野(同26)→石川(同30)→大阪(同36)の各大林区署所管をへて林政統一時に名古屋営林局に統合される。

所蔵史料の特徴
 何れにしても、こうした複雑な所管の変遷が、そのまま中部森林管理局所蔵史料の残存状況の特徴となる。
 もちろんこの変遷の最中にも文書の一部が整理されている。明治33年頃、御料局設置後に農商務省から移管された木曽山林関係文書の調査を木曽支庁が行い、以後、明治39年頃・昭和15年頃・同58年・平成8年に再調査、その都度改訂した仮目録が同局には残っている。よって、長野本局所蔵分の約三割が整理済みで「整」「別」と分類ラベルが貼付してある。そこで今回の調査は、この整・別文書の再確認と未整理文書の調査が作業の中心となった。結果、局内での保管箇所に応じた10分類にまとめることができた。
 長野本局分(2334点)は、@整…文書庫保管のうちラベル「整」が貼付(528点)、A別…文書庫保管のうちラベル「別」が貼付(172点)、B新…文書庫保管未整理文書のうち今回調査分(1418点)、C補…文書庫内で上記三分類とは別置された未整理文書のうち今回調査分(216点)の四分類。旧名古屋分局分(611点)は、D図書室…同室で保管(113点)、E別箱…分局内で保管箱に入れて別置(9点)、F計画課…同課が保管(147点)、G計画第二課…同課が保管(122点)、H施行案…計画課文書庫保管の施行案の一部(74点)、I林政史…林政史編纂事業で作成した筆写史料の稿本(146点)の六分類である。
 このうち、長野本局の@整・A別は、前述のとおり農商務省山林局から御料局への移管文書で、事実、明治20年以前の山林局作成文書が多い。対してB新・C補は、明治21年〜昭和21年に御料局(帝室林野局)作成の文書が多く、林政統一以前に利用された木曽御料林関係書類を長野営林局が引き継いだものである。
 長野本局分に比べて旧名古屋分局分は、いずれの分類も作成年代にまとまりがない。が、同分局分には旧幕時代の文書がF計画課などに26点見出せ、長野本局に旧幕史料がないのとは対照的である。この旧幕史料とは飛騨国北部の御林帳などで、同地方を所管した大阪大林区署が林政統一に際し名古屋営林局に移管したものである。また、同分局分には岐阜県内の各営林署に関する文書が多数ふくまれるなど、全般に大阪大林区署引継文書であると考えられる。
 このように中部森林管理局所蔵史料は、複雑な所管変遷の中で漸次移管され、その時々の利用の姿を維持しつつ長野本局・名古屋分局に集約されていったものであるといえよう。 
研究への活用 よってこれら所蔵史料は、各分類ごとに移管元での有り様を意識して活用するのが望ましいといえる。例えば、明治14〜22年に御料林編入にむけて農商務省山林局が作成した西筑摩・諏訪・上下伊那など各郡別の概況報告(75点)は、すべて@整(山林局→御料局移管文書)である点が意味深いと考えられる。何れにしても中部森林管理局の史料は、木曽など御料林を多く有した地域の歴史を解明する材料の宝庫で、その文化を知る貴重な遺産であるといえよう。


第4報告 
九州森林管理局調査と所蔵史料の特徴
太田尚宏(徳川林政史研究所)
 本報告では、筆者が勤務する徳川林政史研究所が主体となって実施している九州森林管理局所蔵史料調査の概要、ならびに国有林史料の今後の保存・活用のあり方、の二点について報告した。
九州森林管理局の所蔵史料は、庁舎各階にある複数の書類庫に保存され、その総数は1万点を超えるものと推定される。調査では、いまだ目録化されていない江戸時代から昭和22年(1947)の林政統一までの文書類を主な対象とし、史料一点ごとに目録データを採録して、今後の保存・活用に備えることにしている。
 このほど整理を終えた庁舎五階の「書類庫」(国有林野管理課・計画課)には、福岡藩領・豊後臼杵藩領の村々に関する「御山帳」「拝領立山根帳」「下苅御山帳」などの古文書が「参考」と明記されて保存されていたのをはじめ、明治期以降の例規類・山林簿・官林台帳・官有財産関係・下戻関係・年期貸付関係・施業案・経営案・森林調査簿など、約3600点の史料を確認することができた。これらの史料は、諸藩の直轄林や入会山が、明治期以降、県の所管を経て国有林に編入され、管理・育成されていく様相を具体的にたどることができる貴重なものばかりであった。
 また、現在調査中の二階「大会議室」脇倉庫(計画課)には、明治12年(1879)に作成された鹿児島県内の町村に関する「竿次帳」(各筆ごとに地字・地番・地目・反別・所有者を記録したもの)や、同15〜16年より記入が開始された同地域の「地券台帳」などが、荒縄に縛られた状態で大量に残されていた(二回の調査を終えた時点で397点を整理)。これらは、地租改正事業の一環として進められた山林の官民有区分のために鹿児島県より鹿児島大林区署へ移管され、その後の組織改編に伴って熊本営林局(現九州森林管理局)へ引き継がれたものと考えられるが、その記載内容を見ると、山林のみにかかわらない広範な耕地の存在形態を知り得るものであり、森林管理局に所蔵されている史料が、国有林の管理・経営という点のみならず、地域の実態を知るうえでも極めて重要なものであることを如実に示す事例といえる。
 続いて報告の後半では、右のように地域史料としても貴重な国有林史料を、いかに散逸の危機から守り、保存・活用していくかという点について言及した。
 森林の保護・育成には、いうまでもなく長い年月を必要とする。そのため造林・育林などに関する文書類については、一般の文書管理規定などに見られるような単純な選別・廃棄の原則を適用しにくい性質を有している。森林管理局に国有林史料が大量かつ長期にわたって保存されてきたのは、こうした森林の育成・管理の持つ特性に基づくものと思われる。機関の統廃合や規模縮小を機に、こうした過去の森林育成・管理の蓄積・実績の痕跡である史料を廃棄してしまうことは、学術的にみた場合はもとより、行政的にみてもマイナスになる危険性が高い。
 また、森林を維持・管理するという行為は、それぞれの地域における気候風土といった自然的・地理的条件に即して展開されてきたものである。各森林管理局における史料の残り方に際立った個性が見られるのはそのためでもある。国有林史料の保存を考えるにあたっては、地域に配慮した保存のあり方を模索する必要があるだろう。
 全国森林管理局所蔵史料調査の直接的契機となったのは、森林管理局分局の本局への統合問題であり、調査目的の第一は、史料の廃棄・散逸の防止であった。一部の森林管理局では、一連の調査によって作成した史料目録が分局から本局へ史料を移管する際の引継台帳として機能するなど、この調査が史料廃棄・散逸を抑止する一定の効果をあげたものと考えている。
 今回の調査によって、国有林史料が非常に高い学術的価値を有しており、研究上きわめて有意義な史料であることが判明した。しかし、このことでただちに国有林史料が“誰でも利用可能な公開された史料”として位置付けられたわけではない。森林管理局では、実務上のさまざまな問題を背景として、我々が作成した目録の一般公開に慎重な姿勢を見せている。これらの史料が真に“広く開かれた史料”となるためには、ねばり強く林野庁や森林管理局の理解を得るための努力をしていかなければならない。
 一連の調査にあたり、林野庁・森林管理局は非常に協力的な姿勢で対応してくれている。しかし現場の認識では、保存された文書類に対する行政的価値と学術的価値との間にズレが存在しており、行政的に見て価値が乏しいと判断される史料は、廃棄されてしまう危険性が高い。今回の統廃合問題を機に、行政の現場で日々作成・保存されている文書類が、さまざまな分野で活用可能な学術的意義を有する史料でもあることを現場サイドにも広く認識してもらい、国有林史料が、実際の森林管理のみならず、環境史や地域史などにとっても極めて重要であるという点について、林野庁関係者と研究者の双方で認識を共有し、保存・活用のために前向きに対応していくというスタンスをとることが望ましいと思われる。